戦闘民族サツマ人③~豪剣!薩摩示現流(じげんりゅう)


ここまで当記事では島津家の、けた違いさについて、お話してきました。

前回の記事≫島津の退き口~最強の逃げ方~

しかし薩摩の強さは、戦術や外交だけはありません。
個々のサムライが習得した剣術も、独自かつ、
とんでもない強さを誇りました。

令和の、いまにも伝わっている、示現流とは、どんな剣術なのでしょうか?

脅威の薩摩示現流(じげんりゅう)

ときは幕末、この時代“剣の強さ”で最強だった存在は?
・・と、聞かれたら、あなたは、誰が思い浮かぶでしょうか。

真っ先にイメージするのは、武術の達人集団、新選組かと思います。
また北辰一刀流(ほくしんいっとうりゅう)を極めた、坂本龍馬
神道無念流(しんとうむねんりゅう)を極めた
長州の桂小五郎なども、剣の達人でした。

そんな豪の者が、うようよしていた、京都にあって、
だれもかれもが、1目おき
突出した強さを誇ったのが、示現流の剣術を身に着けた、
薩摩藩のサムライたちでした。

すべてを攻撃に振り切る

最大の特徴は、とにかく、さいしょの一撃に、
あらん限りの力と、勢いを込め
敵を斬り伏せるという点です。

外されたり、失敗したときのことは、2の次。
基本的に防御の技はなく、攻撃に全集中という極端さです。

さて、この薩摩示現流の稽古ですが、
刀と同等の重さの、硬い木の棒をにぎり

地面に刺して立てられた、木にむかって、
朝夕、何千回も、ひたすら
絶叫しながら、打ちつけるという、荒修行。

伝承によれば、1日に1万回以上、これを繰り返したという記録もあり
現代の剣術家が再現して、試してみたところ・・
なんと、6時間以上も、かかったそうです。

チェスト―!!

そして、示現流を象徴するのが、攻撃する時のかけ声。
よく『チェスト―!!』という風に、表現されます。

どの剣術でも、打ち込むときは「せい!」「とりゃー!!」
などと、叫んだりするものですが・・

示現流は、敵をひるませ、制圧するため、
とくに甲高い声。

「きえぇーいぃぃ!」「チェスト―!」などと叫びながら、
上段から、一撃必殺の、豪剣を振り下ろします。

荒稽古で、想像を絶するほど、鍛えられた腕力と、勢い!

そのとてつもない威力は・・刀で防御した敵が、受け止め切れず
そのまま、ジブンの刀が額に、めり込み、
絶命していたことがあったとさえ、伝わります。

新選組さえ警戒

示現流を身につけた、薩摩藩士は、1人や2人ではありません。
大勢が「チェスト―!」と叫びながら、突っ込んでくる様子は
敵の立場にしたら、思い浮かべただけで、恐怖です。

そのため、新選組の隊長・近藤勇さえ

近藤勇
近藤勇

よいか!示現流と闘うときは、ぜったい最初の1撃は受けるな!

そう、隊士たちに、伝えていたといいます。
とっさに防御することさえ不能、かわす以外にない1撃・・

これは、ほんとうに。
もし自分が、武術の達人だとしても、
薩摩示現流とだけは、闘いたくありませんね。

現代の薩摩示現流

さて、薩摩示現流は、戦国時代の島津家の家臣
東郷重位(とうごう・しげかた )という剣豪が、編み出しました。

そこから400年以上もの時を超え、
令和の時代になった今も、実践古流剣術として、受け継がれています。

つうじょう剣道においては、道着をまとい、
礼にはじまり、礼におわるものですが・・

いつ、いかなる場面でも、戦えなければいけない示現流
Tシャツとジーンズ姿でも、稽古に参加するコトが、認められています。

また本当の戦いは、始まるときにアイサツなどしないので
礼をしないことも、容認されています。

ほんとうは戦わなくて済むために

とはいえ、示現流は、ひたすら戦闘狂になれ、というのではなく
むしろ真逆。

刀は抜くべからざるものと、最初に教わります。

古来より、数多くの強敵と、相まみえた薩摩全体にとっても
いたずらに力を誇示し、戦ってばかりでは、いつか滅びかねません。

文武両道こそが推奨され、退くときは退き
手を結ぶべきときは、手を結ぶ

とはいえ、強大な相手に対しては、闘ったらタダではすまない!
・・という抑止力を、交渉の切り札に。

最終的には、むしろ『争いをしないために、強くあれ』という精神が
さいだいの教えと、されてきました。

その方針をもって、薩摩藩はどんな時代も、天下人にさえ媚びず
誇り高く、あり続けました。


なお・・もし、今回の話をきいて、薩摩示現流
じっさいに習得してみたいと、思われた方は

鹿児島県では、道場の門戸が開かれています。
稽古にくる半分は、県外からというコトでもあり

心技体をきたえるため、実際に入門を目指してみるのも、
いかがでしょうか?

薩摩の教え『男の順序』

さて、島津家の強さのヒミツは、その教育にもありました。

戦国時代の島津義弘が残し、後世まで薩摩藩士に
伝わった教えに、男の順序というものがありまして

立派な人間として、称えられるべき順番に
5つの人生を示しています。

一、挑戦し成功した者
二、挑戦し失敗した者
三、挑戦しないが挑戦者を助けた者
四、何もしなかった者
五、批判だけする者

さいごの4と5は、むしろ卑怯者という意味さえ、含んでいますが
おどろくほど、今の時代とも、人間の本質は変わりません。

ちなみに大阪府の吉村知事(2021年・5月現在)が、ソフトバンクの孫正義
オンライン会議をした際も、この『薩摩の教え・男の順序』を引用し、
政策やビジネスにおいても、もっとも重要な1つと、話題にあげたそうです。

まとめ

島津家のけた違いさは、肉体的な強さや、戦術にくわえ、
サムライ1人1人が、ただ命令を聞くコマではなく
それぞれが自分の立場として、最善を考え

それでいて、最後は上の決定に、必ず従って団結。
もはや、強くない理由が、ありませんね。

あなたも是非、薩摩藩は最強!・・というだけでなく
その精神や、巧みさなどにも、注目してみて下さい。

なお、薩摩藩については、以下の記事でも語らせて頂いています。

よければ、ぜひ合わせて、お読みください。

≫大英帝国VS薩摩藩

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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