吉田松陰・覚悟の磨き方【超訳】~理想のジンセイとは?~

享年30歳・・吉田松陰は、幕府から打ち首の判決を、受けました。
すると、おだやかに「承知しました」と答えるなり

付き添いの役人へ

吉田松陰
吉田松陰

今日もまた、ご苦労様でございます。


と、やさしく言葉を、かけたと言います。

幕府の役人
幕府の役人

これほど立派な最期は、みたことがない


処刑人さえ、心ゆさぶった、吉田松陰。

どうして、こんな生き方が、できたのでしょうか?

なぜ、教え子たちが、世の中を創り変えるほど
とてつもない影響を、与えたのでしょうか?

幕末の英雄たちを感化した、シンプルで力強い教え。
そして人間の、後悔しない生き方とは?

この記事では、吉田松陰の遺したコトバを、現代風に訳した

以下の書籍について紹介、解説いたします。

覚悟の磨き方~超訳:吉田松陰~

この本は、強くてやさしい、松陰の遺したコトバ

現代風に、言い換えてあります。

ひとつひとつが、短くまとめられており、

口語体で、最後まで読みやすい、1冊です。

いま人生に、悩みがある方や、閉塞感を抱く方へ、

心に灯りがともる、人生の指針にも、あふれています。

ひとの成功に焦ってしまうとき

【心を向ける先】p67より抜粋
うまくいっている人を見ると、気持ちが焦ってしまいます。そんなものは巡り合わせ、気にしなくていいのです。そんなことに関わっている暇はありません。一刻も早く、「自分が今やらなければならない、一番大事な事は何か」を、はっきりさせてください。悩むべきは、そのことだけです。

これは、ほんとうに江戸時代の、コトバなのでしょうか?

リア充という、流行りワード・・
SNSのフォロワー、年収、結婚、すべて、

現代に生きる、僕たちすべてに向け、
言っているように、聞こえます。

はるか昔の、幕末という時代でありながら、

人間の本質は、変わらないことを、教えられます。

あたらしい挑戦をする人へ

【我流でやらない】P179より抜粋
過去のやり方なんて、どうでもいいですか。独自の考え方で、行けるところまで行きますか。先人のたどった道筋を参考にしないなんて、どれだけ遠回りする気なんですか。

個性が大切、新しいアイディアが大切!
そうしたモノにあこがれ、大きなモノをつかもうと・・

人はついつい、基礎をとばして
大きな成果を目指そうと、してしまいます。

成功者は、人とは違うコトをしたからこそ、

それは間違いない、事実なのですが・・
しかし、どんな分野であっても、

営業でも、絵でも、起業でも・・
すべては基本の型や、土台があってこそ、応用が利きます。

まず先人の学びを身に着け、そこから始めない限り、我流では、限界が訪れるもの。

『じぶんは人と、ちがうコトをするんだ!』と思うときほど、大切な教えですね。

日本を震撼させた黒船

吉田松陰はどのような時代を生き、どのような背景から、

後世にまで、語り継がれたのでしょうか?

だれもが大河ドラマで見たり、日本史で習う、

江戸を揺るがせた、ペリー来航という出来事。

その黒船に対して、松陰は、ありえない行動を取ります。

たった2人だけで小舟に乗り、黒船に侵入したのです。

そして、アメリカ人たちのまえに出るなり

吉田松陰
吉田松陰

どうか、どうか・・私をアメリカへ。あなた達のことを、学ばせて下さい!

そう、言い放ちました。

鎖国の江戸時代には、ぜったいの禁忌
発覚し、捕えられれば処刑。

それを熟知していて、開国を迫っている最中の、ペリー提督も驚がくします。

「Who is this guy?I’m surprised at this Japanese !」

知識を得るために、学ぶために、死を覚悟して
日本人とは、なんという人種なのか・・と。

しかし、ここで罪人を受け入れてしまえば、幕府との交渉に、影響してしまいます。
けっきょく松陰の願いはかなわず、アメリカから幕府へと、引き渡されてしまいますが、
大きく心を揺さぶられたという、ペリーの手記が、いまも遺されています。

世の中で成功をおさめるには

【1つのことに狂え】p127より抜粋
私は絶対こうすると言う思想を保てる精神状態は、ある意味、狂気です。おかしいんです。でもその狂気を持っている人は、幸せだと思うんです。

これは強調でも、貶めでもなく・・
吉田松陰、そして、本人が亡きあとの長州藩も

どうして、ここまで出来るのか?と、
その行動には“狂気”さえ、感じます。

いつの時代も、とてつもない人物は・・

ムリと言われても、メジャーリーガーを目指す選手。
売れなくても、歌わずにいられない歌手。
意味がないといわれても、研究せずにはいられない科学者・・など。

一般人には「そこまでやるなんて、おかしい」と見えるほど
自分の道を、つらぬいています。

まわりからは「狂気」と思われるほど、打ち込んでこそ、

他の追随をゆるさない、圧倒的な成果を残せるのだと、松陰は説いています。

はかり知れない長州藩

なお、歴史の経過をみると、長州藩の行動は
どう考えても、通常の理解を超えています。

松陰亡きあとの、4年後(1863年)

『幕府は頼りにならぬ!われらだけで、日本を守るのじゃ!』とばかり

アメリカ・イギリス・フランス・オランダの艦隊を、攻撃。
しかし結果は惨敗。まるで歯が立たないことを、思い知らされます(下関戦争)

その次の年(1864)

『天皇陛下をわれらがお守りし、日本を導いて行かねばならぬ!』
ほぼ長州藩の単独で、京都に攻め込みます。

御所を守る軍勢は・・
江戸幕府・薩摩藩・福井藩・大垣藩・桑名藩・会津藩+新選組

激戦のすえ、盛大に敗北(禁門の変)

しかも『お守りする』はずだった、朝廷からは
『長州藩は“朝敵”である』とまで、宣言されてしまいます。

そのうえ『長州藩は討伐せよ!』と幕府に“勅命”が下り
それを受け、江戸幕府を中心とした大軍が
長州藩に向けて、出陣。

とても勝ち目がある戦力差ではなく、ほぼ戦わずして降参。
責任を取り、ご家老様が、3人切腹(第一次長州征伐)

命をかけて!この身がどうなろうとも!
・・とはいっても、程がありますね。

松陰の意志を、貫いた長州藩

まったく希望の見えない、どん底・・。
この時点で、もし僕が長州の兵隊だったら

「もう、ついていけませぬ」と言って
どこかへ、逃亡を考えても、おかしくないように思います。

会社のビジネス失敗とは、わけが違い
負ければ死んだり、捕らわれて処刑されたり
牢屋に入れられてしまう、時代です。

しかし、ここから・・
絶望としか思えない地点から、長州藩は大躍進。

やがて幕府に勝利し、朝廷から認められ、明治政府の主役に。

松陰の教え子からは、総理大臣2名、国務大臣7名
大学の創設者2名と、とてつもない人物を輩出。

もう不屈の闘志や、逆転という言葉を
はるかに、超えたものがあり、
松陰の魂が、乗り移っているとしか、思えません。

才能を開花させるには?

【力が目覚める時】p202より抜粋
自分の中に眠り、まだ日の目を見ない人望と才能。それを引き出してくれるのは、ほぼ例外なく自分の仲間になる人か、自分の師匠にあたる人物です。だからこそ品格が高い人ほど、誰と付き合うかをいつも真剣に考え、厳しく選んでいるんです。

「あの会社は、あのチームは、〇〇人は・・優秀でいいよね」

僕達はよく、あこがれたり、嫉妬しつつ
住む世界が、ちがうと感じたりします。

たしかに意識し、優秀な人材を、集めることは、あると思います。

しかし、それ以上に、英雄は英雄を知る。
人間として、格の高い人同士は、
自然と惹かれあい、学び合い・・

その相乗効果は、もはや、はかり知れず。
かけ算の倍率で、成長するのだと、説かれています。

まとめ

いまはインターネットや、スマホもあり
ハウツー本も、動画も、教材もいっぱいあります。

即座に、膨大な情報が、得られるにも関わらず、

人間が陥る心理、幸せに生きるための真理・・
それらは驚くほど、本質が変わらないのだと感じます。

ページをめくるたび、胸を打たれ、心揺さぶられ・・
今この瞬間の学びを、絶対に忘れたくないと思い、

僕は、この本を読みつつ、
レシートの裏や、紙にすぐさま、書き記して行きました。

あなたも、この本を手にしたならば
きっと、この先の人生をも左右する、学びがあると思います。

この記事を読み、もし興味が湧きましたら、
ぜひ、いちど手にしてみて下さい。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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